黒猫の見る夢 if 第9話

それでなくても体力がないのに、今は衰弱し、やせ細っている。
その上、体格差もありすぎた。
運動神経と瞬発力はあったため、どうにか逃げだせたが、その後が続かない。
本能に従いただ必死に足を動かしていると、店の外に出た。
だが、そこまでだった。
店内に入ろうとする人々の足をよけている間に、あの細身の猫に飛びかかられて抑え込まれた。
そして首のあたりに牙を立てられてしまい、身動がとれなくなったのだ。
姿は猫だが中身は人間だ。
そのため猫達に同種として見られること無く、小動物、つまり獲物として見られていたのだろう。捕獲された以上食べられるのも時間の問題だった。
こんな所で死んだらスザクの責任になってしまう!と、どうにか逃げだそうとしたが、自分より大きな猫一匹分の体重がのしかかり、その上今の走りで体力を使い果たしていて、力が入らなかった。
そのとき、ざわりと全身の毛が逆立った。
一気に周りの温度が下がったような感覚。
近くにいた人たちの足が、後ずさっていくのが見えた。
この感覚、身に覚えがある。
首元に牙を立てていた猫も、その動きを止め、毛を逆立たせ硬直しているようだった。
かつり、かつりと靴音を立てながら、その気配を発しているものが近づいてくる。
そして、地を這うような低く、重く、冷たい声がそこから聞こえた。

「お前、俺のルルーシュに何しようとしているんだ?」

それは間違いなくスザクの声。
その足音はすぐ傍まで来ると、素早くルルーシュの上にいた猫を引きはがし、ルルーシュを抱えあげた。
おずおずと見上げると、そこにはあの時、神根島で見た時のような殺気を迸らせたスザクがいた。
眉間にしわを寄せ、目を細めて、もう片手でつまみあげている猫をにらみつける。
首元をつかみあげられた猫は、耳を伏せ、恐怖で全身の毛が逆立っている。尻尾もタヌキの尻尾のように膨れ上がっていた。
スザクはその猫をつまみあげたまま、くるりと振り返った。
地面には震えて全身の毛を逆立てた二匹と、その後ろに硬直した3人の飼い主。

「僕、言いましたよね?この子は体を壊しているから、静かに眠らせたいと。見てわかりませんか?これだけやせ細るほど、弱っているんですよ?それなのに、あなたたちの猫は何をしようとしたんですか?やっとここまで回復したのに、こんなに走らせて!」

そう言いながら、スザクはつまみあげたままの猫を、地面に置いた。
完全に腰が抜けているのか、三匹ともその場から動かなかった。

「大体、発情した猫を連れて歩かないでもらえませんか?こんな、まだ3カ月ほどの仔猫を襲うような躾をしているペットを連れて歩くなんて、万が一何かあったらどう責任を取るつもりですか!?」

そう言いながら、女性三人に視線を向けた。その言葉に、このペットショップに買い物に来た猫を連れた人たちは、自分の猫をカートから出し抱えあげていた。

「い、いえ。普段はこんなことないんですよ!」
「そうよ、うちの子はとてもいい子で」
「じゃあ、そのとてもいい子が、どうして発情した声を上げ続け、カートに大人しく乗って眠っていたこの子に襲いかかり、追い回したりするんですか!しかも完全に上に乗って首元を噛んでましたよね!」

殺気を放ったことで硬直したからいいものの、下手をしたら手遅れだ。
下にいる猫の首元を噛むということは、そういう意味なのだから。
幸い先ほどルルーシュの尻尾は狸のように膨れ上がってた上に垂れ下がっており、何事もなかったことはひと目でわかったが、わずかでも可能性があったら、この程度の威嚇だけでは済まなかった。
今回の件でいろいろと調べたスザクは、本来雌猫に行うその雄猫の行動の意味をしっかりと理解していた。腕の中にいるルルーシュは、相変わらず話について行けないようだったが、こんな事ルルーシュは知らなくてもいいと、その耳を塞ぐように頭をなでた。

「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない!もし間に合わなくても、その子はオスなんでしょう?妊娠はしないから」
「子供ができなければいいという話ではないでしょう!冗談じゃない!」

スザクの激昂に、女性は息を詰まらせた。
ルルーシュはスザクに耳を乱暴に塞がれているため、会話はよく解らなかったが、これはまずいなと辺りを伺った。
すると、遠くから足早にこちらへ向かってくる店員の姿が見えた。
店員が店長を呼んだのだろう。年輩の身なりのいい男が一緒だった。
だが、殺気を込めたスザク、それもテレビで何度も目にしている名誉ブリタニア人であり、皇帝の騎士ナイトオブセブンに、どう話をすればいいのか迷っているようだった。
やがて、意を決し、青い顔で取り乱しながらも精いっぱいの勇気を振り絞り、その店長らしき男は声をかけてきた。

「す、すみませんっ、お客様。あ、あの」

だが、スザクはうるさいと言いたげにじろりと店長を睨みつけると、ヒッという小さな声を上げ、店長と店員は体を縮こまらせた。
その様子に、ルルーシュは「にゃあ」(この馬鹿が)と鳴いた後、耳を抑えているスザクの手を振りほどき、スザクの腕を、疲労で震える足を叱咤しながらどうにかよじ登ると、肩に乗り、精いっぱいの力を込めてその頬を叩いた。
ぽふっと、威力は全くない猫パンチではあるが、スザクの視線はようやくルルーシュに向いた。
いつの間にか腕から抜け出し、肩の上でフー、フーと怒るルルーシュのその様子に、スザクの顔からようやく怒りが消えた。
そして、今度はその顔に困惑の表情を浮かべた。

「え?なんで君、僕に怒ってるのさ!?怒る相手違うだろ!?」
「にゃあ!!」
(この馬鹿が!!)

仔猫はその小さく細い体からは想像できないほど大きな声で鳴いた。
まるで叱りつけるように。
そして周りを見ろと言いたげに、顔を動かした。
スザクはつられてあたりを見回し、自分が店先にいて、今睨みつけたのが店員であることにようやく気がついた。
そして沢山の客に周りを囲まれていたのだ。
これは完全に店に迷惑をかけてしまっている。
頭に血が上りすぎて周りが見えなくなっていたことに気付き、スザクは顔を赤らめ、慌てて頭を下げた。

「あ、えーと。すみません、騒いでしまって」

急に怒気を沈め頭を下げてきたスザクに、店長は慌てて頭を上げてくださいと声をかけた。

「もとを正せば、こちらのお客様が、発情したペットを持ち込み、枢木卿の愛猫を襲ったことが原因だということはわかりました。今後このようなことにならないよう、対策を考えます」

枢木卿。その呼び方で、自分がだれか周りの人は全員知っていることに気付き、ああ、やっちゃったな。と、スザクは眉尻を下げた。
スザクは周りにいた客にも頭を下げると、枢木卿が謝ることではない、わが子同然の愛猫を襲われたのだから、当然の怒りだと、周りから声をかけられた。
もしかしたら自分の愛猫が被害にあっていたかもしれないのだ。当然と言えば当然の反応だった。
今はスザクの殺気で硬直しているその愛猫たちまで発情したら困ると、スザクは急いでルルーシュを肩から降ろすと、両腕で隠すように抱いた。
ルルーシュは当然暴れたが、疲れきった体にスザクの少し高めの体温は心地よく、すぐにおとなしく腕の中に収まった。
店員にも気にしないで下さいと促され売り場に戻ってきたスザクは、さっさと会計を済ませ、購入したばかりの猫用パーカーを眠そうに目を閉じていたルルーシュに着せ、フードもかぶせた。
やせ細った仔猫のルルーシュにはまだ大きいらしく、顔はフードで全部隠れてしまい、本来腰のあたりまでの長さの裾はお尻まで隠してしまっていたが、丁度いいなとスザクは頷いた。
これで少しは安全になるだろう。

「いいかい?今度こういうことになったら、すぐに僕のほうに来るんだ。君の体力で逃げ切れるわけないだろう?」
「ふみゅう」
(そんな事は無い)
「いや、無理だから。いいね?」
「・・・にぃ」
(・・・善処する)

そのルルーシュの返事に気を良くしたスザクは、片手にルルーシュ、片手に購入した買い物袋3つを持ち、帰路に就いた。
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